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エッセイ8「タマとオクタマその2」21

 「近代和風建築」と「入母屋御殿」は、もはや材料以外に地域の特色ということはデザインの上で認められず、全国的に普及した形成

であることを鑑みると、明治以降の欧米化の波と正面から狂おしい程格闘した、日本の明治から昭和までにおける一つの独特な近代の形とも

考察されうる。

奥多摩と多摩という両世界は、両者とも東京都に位置しながら、山間地と郊外という別世界の様を呈していたが、人々の間に根付く

「入母屋」というキーワードを通して、たしかに日本独自の屋根感覚が存在し、それが多摩と奥多摩という両地域を通底しながら、

同時代を歩んできた痕跡を見ることが出来るのだ。

 

 足場資材を積んだトラックは帰途につき、東名高速にのり京都に向かったが、私は自家用車で家族のいる東京の実家まで帰る途中、

可喜庵によってみた。

まわりを見渡すとおよそここ10年以内に建ったであろうメーカーハウスが林立している。

そこには、もはや「入母屋」というあのイメージは残されていない。

残されていないどころか、もはや屋根すらない。

四角いのっぺりとした箱の家が立ち並ぶ。

いや、何か特定のイメージが付与されることを嫌っているようでさえある。

すべての意味付けを拒否し、さらりとしたデザインであることを好む。

近代の屋根は、歴史性だとか、地域性だとか、そうした意味を解除して、純粋な形式に還元しようとするのである。

ついには、水を流すという屋根の純粋な機能を、極小の勾配へゆだねるだけに留めて一切の屋根を架けないフラットルーフの登場である。

屋根がないことがモダンらしさであるとすれば、それは歴史や地域から意味が解放されていることに由来している。

ここにも近代というものは、過去が歴史的連続性だとすれば、それを一手に拒絶する特徴をそなえているんだと愕然とするとともに、

これは歴史的な必然性なのかなあとも沈思せざるをえない。

職人のヘルメット
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かつて山城萱葺で働いていた職人が、茅葺きの難しさとおもしろさ、現場での苦悩や発見をコラムとして綴ってくれました。なかなか言葉で語られることのない茅葺きの世界。ご興味のある方は、のぞいていただければと思います。

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