エッセイ7「タマとオクタマその1」10
「乾いた気持ちがないと伸び代が生まれないからね」(山田親方)
私が、屋根を触りたくてやきもきしていると、山田親方は諭すように一言残していった。
後年、あのときの武相荘の数ヶ月は、自分にとって、仕事の時間を、ただ時間を費やしてはならいのだと、戒めるきっかけになった。
ひたすら茅を運んでいると休憩時間が待ち遠しい。
はやく一日が終わってほしい。
そうした後ろ向きの気持ちを戒め、茅を置いたついでに、それぞれの職人の動きを観察したり、自分が習ってきたこととの違いを聞いてみたり、
屋根の上を向く気持ちが大切なのだと改めるきっかけになった。
武相荘の現オーナー牧山夫妻は、茅についてよく話してくれた。
子供の頃、葺き替えをしたとき、茅師たちが屋根に登っている姿を覚えていること、TBSの緑山スタジオが建つ前は広大な茅場であったこと、
子供の頃はもっと茅葺きの屋根がたくさんあったこと、息子たちは瓦葺きにかえることを勧めたが、茅葺き屋根には愛着があり、自分が生きているあいだは、
茅葺き屋根でいてほしいことなど、オーナー夫妻の茅葺きに対する愛情を沢山聞かせていただいた。
2月頭に無事武相荘は竣工した。
武相荘の現場は慌ただしく撤収し、牧山夫妻の計らいで打ち上げを牧山家に招いて頂き、楽しい宴のひとときを過ごすと、次の仕事にかかるべく、
すぐに京都に戻った。
わたしの頭の中にはずっと小田急線の車窓からみた、あの茅葺き屋根が明滅していた。
高校生の頃には気付きもしなかった茅葺き屋根の存在は、エチオピア、京都から凱旋した小田急線からの発見であり、28才の若者の心を揺さぶった。