エッセイ7「タマとオクタマその1」9
・可喜庵との出会い
そんなことを考えながら小田急線の車窓を眺めていると柿生駅をすぎ、武相荘の現場の最寄り駅鶴川に電車は向かっていた。
突如、私はおもわず「ああ!」と車内で大声を上げてしまった。
なんと鶴川駅に到着する手前1キロぐらいに茅葺き屋根が見えたのである。
私にとってスーパー衝撃的事件である。
もちろん車内で茅葺きを見つけて興奮しているのは私くらいであろう。
周囲を見渡してもみな新聞を読んだり、スマホをいじっている。
すっかりニュータウンとなった多摩地方の中で、新しいきらびやかな住居に囲まれながら、一軒ポツンと茅葺き屋根が残っている。
ニュータウンという都市化の波にさらされても、一軒流されまいと土に食いついているようである。
私にとって、都市に孔を発見した気分であった。
そこだけ、ニュータウン化される以前の武蔵野の風景の入り口がポカンと開いていた。
鶴川駅につくと二年目の職人としての私は、現場に遅刻する訳にもいかず、車窓からの茅葺きの正体を探りたい気持ちを抑えて、
とりあえず武相荘の現場に向かった。
武相荘の現場は茅置き場から、屋根まで離れた場所にあり、私は日々茅を担いでは職人の元に茅を届けるという日々であった。
武相荘は、美山茅葺の中野さん、長野さん、大崎くん、松木くん、茅葺き屋の塩澤さん、山城萱葺の山田親方、奈良の田中さんなどいずれも
大ベテランが集まった現場で、私みたいな2年目の若造には屋根を触る機会がなかなか見いだせなかった。
カドも少し覚えた、ハサミも少しできるようになった。
自分も屋根を触りたい。
そういう思いを押さえ込むように、自分に与えられた茅を運び、掃除をするという、まるで1年目の沢井家住宅に再び戻った気分であった。