エッセイ5「土から屋根に、屋根にから土に」11
そう。草地である。
ススキも草。ヨシも草。
茅という屋根のみに葺かれる材料からさらに視野を拡げて「草」というカテゴリーに踏み分けていかねばならない。
いま草の利用を考えることが、現代の生活にとって別の角度から視点をあたえてくれると気づいたのだ。
東京都港区に生まれて世田谷区で育った私には、草が生活の中の一部を占めるなどと想像もつかなかった。
小学生から中学生まで父親の会社の社宅で育ち、周囲は団地や一戸建ての市街地で、草の生える余裕さえなかった。
少年の草の利用など、引っこ抜いて山を作って布団を作ったり、枯れ葉を集めて火遊びをしたり、刹那的な遊戯の対象でしかなかった。
だがしかし、きっとその世田谷区でも、近代化以前は、「ずっとやってきたことを、ただやっている」ように、自然を人為的に介入し、結果として草地が
維持されていたに違いない。
草の利用が、近代化以前の生活において、どれほど重要な役割を果たしていたのだろうか。
高橋氏によると、草の利用法については、大きく5つに分類されていたらしい。
ひとつめに、堆肥や厩肥などの「肥料(Fertilizer)」として利用され、二つ目に、簾や炭俵、紙、ペン、簑、草履、帚、縄といった日用雑貨などにおいて
「繊維(Fiber)」として利用され、3つめには、ヨシの若芽は食用にされ、薬用植物として服用されたりするなど「食料(Food)」として利用された。
そして、4つ目にヨシの枯れ葉、ススキの枯れ葉などは非常に燃焼力が高くノロシ(狼煙、葦火)に利用され、ヨシの泥炭化したものを乾燥させ団子状に
したものは藻屑(スクモ)と呼ばれ古くから「燃料(Fuel)」として利用された。
最後に、牧草地の草や、田のあぜ道から採取してきた草、さらに刈り取った稲ワラなど、耕耘機が普及する以前の主要な耕作力であった牛や馬を
飼育するための「飼料(Feed)」としての利用である。(7)
この中でも茅葺き屋根は、特に2番目のFiberとして刈りとられ、束にされ、屋根に葺かれていた。
そして、葺き替え時に解体された古茅は、最良のFertilizerとして田畑にまかれたのである。
特にススを含んだ古茅や最上の肥料として珍重されたのである。
茅葺き屋根は、ただ葺いて終わりではないのである。
「土からうまれた」茅は、屋根に葺かれて30年近く雨風から守り、その使命を終えたあと、肥料として再び「土に還っていく」。
この「つちからやねに、やねからつちに」というサイクルが、無駄のない草地利用であり、茅葺き屋根はそれを媒介するプロセスの一部に過ぎなかった。
こうした草地の利用が近代以前の日本の農村の姿であり、現代では、草原を含んだ描写や言説は、旅を誘うノスタルジー、素朴でかわいらしい
無垢な時代などとしてたびたび広告や映画に登場する。
(7) 「森の国で野を守る」高橋佳孝 p14 2007