エッセイ5「土から屋根に、屋根にから土に」10
ススキもヨシもその育成には、化学肥料、防虫剤、除草剤のたぐいは一切使用されていない。
ただ「ほっておく」ことが一番なのである。
火入れは短期的にみたら、確かにその地に生息している生物の餌や住処などの生息環境はもとより、生物そのものさえ脅かすかもしれない。
しかし、長期的には、茅の成長促進作用、害虫の大量発生を防ぐ作用、恒常的に草地を保つ作用などから、火入れは生物多様性にとって
重要な役割を果たしているといえる。
「火入れは良質なヨシを取るためや。ええヨシをとるのは生活のためや。」(おやっさん)の言葉通り、生きるために、ヨシ原に火を放つのだ。
それは環境破壊でもなく、資源の収奪でもない。
「ずーっとやってきたように、やっている」ように、歴史的連続体として人間が生活のために自然に手をいれることは、豊かな環境の創出に繋がっていたのである。
その事実は、「手つかずの」とか「触れられていない」といった、自然や、環境に対するわたしたちのイメージを根本から覆す力を備えている。
それでは、仮に自然にまかせ、手つかずに放置しておいたら茅場はどうなっていくのであろうか。
実は、あっというまに薮になり、原生林に戻っていってしまうのだ。
ススキ野原を放置しておくとでは、ノイバラ、タラ、ウツギなどの低木類、カエデなどの高木類が芽生えてくる。
そして樹高は年々高くなり、しだいにススキなどの上部を覆うようになってくる。
この段階でススキの衰退が始まり、明るい所を好む陽樹、アカマツや、コナラ、クヌギなどが進出してきて雑木林が成立する。
その後、陽樹の種子が発芽しづらい環境になると、今度は暗くても育つ照葉樹林が優勢になり、数百年後には常緑広葉樹林に戻ってしまう。
このときいわゆる「原生林」として手のついていない自然の状態であり、一時は行き過ぎた自然の乱獲の反省から、望むべき状態として称揚されたが、
実際にはこの「原生林」は、枝葉が密に茂り、暗く、草の量も少なく、草によってくるはずの昆虫や鳥獣などもいなくなる。
樹木も優先種がうまれ、多様に存在するとは言いがたい。
原生林には動植物が案外少ないことがわかってきた。(6)
しかし、原生林にしか依存できない種も存在する、また原生林と茅場を移動する猛禽類もいる。
大切なことは、茅場やヨシ場を含めた草地の人為的介入がなくなってしまうと、その人為的介入に依存していた動植物が絶滅の危機に立たされてしまうのである。
(6) 「カヤネズミから見る人と自然の関係」乾紗英子 京都精華大学 2006 P20〜21参照