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エッセイ5「土から屋根に、屋根にから土に」3

身体だけになって、瞬間のスリルに身を託そう。

ロッククライミングに代表されるアルピニズムが流行る。

こうした「いま・ここ」にしか起こりえない場にいくこと、「いま・ここ」にしか起こりない作品に触れること。

あるいは「いま・ここ」だけの素材を食すること。

「いま・ここ」の瞬間しか感じられない体験をすること。

こうした行いが私たちの非日常であり、特別なことで、もはや神聖ですらある。

そう「休日」や「余暇」の過ごし方は、このような神聖な行いを費やす特別な時間に充てられている。

 

一方、シェコの村には、「いま・ここ」にしか起こりえない一回限りの現象で彼らの生活が成り立っていた。

村にある農具、鉄器はもちろんすべて手製のものだ。

マムシのナイフは、シェコの村から南に100キロほどにある村の鍛冶屋が製鉄し、作ったものだ。

ナイフだけではない。彼らの生活を支える鍬、鋤などの農具はすべて素材の原型が露になったまま作られて二度と同じものは作られない。

そして、その製作技術は、前述したブリコラージュによってなっている。

ブリコラージュは複製技術と対置される。周辺の環境にあるありあわせの材料の組み合わせで製作する技術のことであった。

そう、たべものにしろ、衣服にしろ、シェコの生活は、「いま・ここ」に生起する一回限りの現象でなりたっているのである。

 

だから、彼らはその一回限りの現象をうみだす周辺環境=森の精霊を畏怖する。

シェコの暮らしを生み出す源である森に感謝し、「一回限りの」「いま・ここ」にしかない歌や踊りを聞かせる。

それは、先に述べたような複製技術に支えられた私たちの「音楽」とは根本的に質を異にする。

観賞の対象でもなく、収集の対象でもない。「いま・ここ」にしか起こりえない生活の一部、いやこれこそが歴史の一部なのだと教えてくれる。

受け継がれた「歴史」そのものであり、シェコの人々は意識せずとも、祖先と同じように歌い踊る。

職人のヘルメット
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職人が綴ったコラム

かつて山城萱葺で働いていた職人が、茅葺きの難しさとおもしろさ、現場での苦悩や発見をコラムとして綴ってくれました。なかなか言葉で語られることのない茅葺きの世界。ご興味のある方は、のぞいていただければと思います。

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